「個人営業の自営業者へ物件を賃貸していたら、いつの間にか法人成りしていた。賃借権の無断譲渡にならないのでしょうか?」
といったご相談を受けるケースがよくあります。
賃借権の無断譲渡は賃貸借契約の基本となる信頼関係を破壊する背信的な行為であり、大家は債務不履行による解除ができます。
ただし個人事業主が法人成りした場合、必ずしも債務不履行解除ができるとは限りません。
以下で解除できるケースとできないケースとについて、裁判例を踏まえて弁護士が解説します。
1.賃借権を無断譲渡されたら債務不履行解除ができる
賃貸借契約において、借主による賃借権の無断譲渡は禁止されます。
賃借権の無断譲渡とは、貸主に無断で借主の地位を第三者へ移転することです。
民法では、借主が賃借権を譲渡する際には貸主による承諾が必要とされており、無断譲渡されたら貸主は債務不履行によって賃貸借契約を解除できます。
無断譲渡が禁止される理由
賃貸借契約において、「借主が誰か」は物件の利用方法に直結する問題であり、非常に重要な事項です。それにもかかわらず借主が勝手に賃借権を譲渡したら、借主と貸主の間の信頼関係は破壊されてしまうでしょう。
借主の背信的行為によって賃貸借契約を維持できなくなるので、貸主は賃貸借契約を解除できるのです。
2.個人事業が法人化したら賃借権の無断譲渡になる?
個人事業主が法人化すると、物件の利用者が個人の経営者から法人へと変更されます。
形式的には「賃借権の無断譲渡」と同一の状態ともいえるでしょう。
しかし実際に債務不履行となって賃貸借契約を解除できるかは、別途検討を要します。
たとえば個人事業主が法人化したとはいっても、1人法人で経営者が1人で経営している場合、ほとんど何の変化もありません。もともと事業所として利用していた物件について、法人成りした後も従前と同様の方法で利用し続けているのであれば、物件の利用状況も変わらないでしょう。
大家にとって「信頼関係を破壊された」というほどの事情は認められず、債務不履行解除はできない可能性が高いといえます。
最高裁でも同様の判断が出ていますし(昭和39年11月19日)、裁判例にも、個人事業主の賃借人が税金対策で法人化して営業実態に変化がない場合などには債務不履行解除を認めないものがあります。
3.法人化によって賃貸借契約を解除できるケースとは
一方、個人事業主が法人化することによって大家が賃貸借契約を解除できるケースもあります。
それは経営陣の実態や利用形態に変更が起こった場合です。
たとえば個人営業の賃借人が法人化の際、第三者による資本を導入するケースを考えてみましょう。その場合、もともとの経営者が退任するケースもありますし、取締役に就任したとしても代表取締役には第三者が就任する可能性があります。会社株式も資本投入者や代表取締役、他の役員などが取得するケースが多いでしょう。そうなると、法人化と同時に経営権が移転し、もはや従前の個人事業主と同一視するのは難しくなってしまいます。
また法人化した後に物件の利用方法が変わるケースもよくあります。たとえばもともと居住用として賃貸していた物件について、法人成り後には事業所として利用し始めたら用法遵守義務違反となるでしょう。
裁判例でも、法人成りによって物件の利用状況が変わったり経営権が実質的に移転したりすると、大家と借主の信頼関係が破壊されたものとして債務不履行を認めるケースがあります(参考 福岡高裁昭和49年9月30日判決など) 。
個人事業主が法人成りした場合、大家側から契約を解除できるケースとできないケースがあります。専門知識がないと、正確な判断は難しくなるでしょう。千葉県で対応にお困りの不動産オーナー様がおられましたら、お気軽に秋山慎太郎総合法律事務所の弁護士までご相談ください。